2026.08.14
この作品は、私にとって心の奥底で小さな痛みと共に残り続けている特別な1冊です。
物語は、「死」に興味を持った小学生3人組が、近所に住む生ける屍のようなおじいさんに目をつけ、「死ぬ瞬間」を見るため観察し始める……というもの。見方によっては不謹慎とも思える攻めた設定に、初めて読んだ時はひどく衝撃を受けました。と同時に、実は自分にも、彼らと少しだけ似た経験があることを思い出すのです。
小学校低学年の頃、近所の1人暮らしのおじいさんの家に、友達と遊びに行っていた時期がありました。私には実の祖父がいなかったため、「おじいさん」という存在そのものが珍しく、新鮮だったのです。
おじいさんはアパートの1階に住んでいて、いつもベランダのすぐ横のリビングでテレビを観ていました。そのベランダには外に直結する扉があり、私たちが外から声をかけると、おじいさんは内鍵を開けて、そこから部屋へと招き入れてくれたのでした。
そこで具体的に何をしていたかは、不思議とほとんど覚えていません。カードゲームをしたり、世間話をしたり、お菓子を食べたり。きっと、他愛のない時間だったはずです。
子どもだけでよその大人の家に遊びに行くなんて、今の感覚からすれば危なっかしく思えるかもしれません。ただ、おじいさんは私の家族とも顔見知りでした。それに、その部屋にはカーテンがなく、(防犯的にはどうかと思いますが)外から中の様子が丸見えだったこともあって、親も「おじいさんのところに行ってくる」と言えば安心だったのでしょう。
しかし、子どもというのは残酷なものです。高学年になるにつれ、学校で遊ぶことや、家でのテレビゲームの方がずっと楽しくなっていきました。近所で顔を合わせれば挨拶こそするものの、おじいさんの家に遊びに行くことは、いつしかなくなっていました。
そうして完全に足が遠のいてから、数年が経った頃。
「あのおじいさん、亡くなったんだって」
母から突然、そう知らされました。自宅で亡くなっていたそうですが、病気だったのか、事故だったのか、詳しいことは何ひとつわかりません。
ただ、訃報を聞いた後におじいさんの部屋の前を通りかかった時のことだけは、今もはっきりと覚えています。あんなに物で溢れていた部屋からすべての家財が取り払われ、かつては狭いと感じていたはずのリビングが、異様なほど広く見えたのでした。
『夏の庭』で描かれる少年たちとおじいさんのような濃密な交流は、私たちにはありませんでした。私はおじいさんの下の名前も、かつて結婚していたのかも、どんな仕事をしていたのかも、何も知りません。
だからこそ、作中でおじいさんの死に直面して泣いている主人公たちを見ると、少し羨ましく、それと同時に、身近だったはずの人の死を前にしても涙ひとつ流せなかった自分が、なんだか冷酷な人間に思えてしまうのです。
『夏の庭』を読むたびに、「あのおじいさんにとって、私たちはどんな存在だったんだろう」と考えます。
その答えを知る機会は、もう永遠にありません。けれど、もしあのおじいさんが、私たちと過ごす時間をほんの少しでも「特別」だと思ってくれていたとしたら……一方的に縁を切ってしまった私たちの無自覚な行為はとてもひどかったんだろうな、と苦い後悔がよぎるのでした。
今回ご紹介した作品 → 『夏の庭』(湯本香樹実)

【プロの
▶榎本メソ
【無料ダウンロード】プロット作成シート&「創作ノウハウ5選」限定公開中!
▶ 体験資料のお申し込みはこちら