榎本メソッド小説講座

小説の文章力・テクニックをあげるなら文豪に学べ!【小泉・小川・梶井編】

小説の文章力やテクニックを上げるには、ひたすら書き続けるのも1つの手です。しかしいいアウトプットのためには良質なインプットが欠かせません。長きにわたり愛されてきた文豪の名作には、小説に必要な文章力やテクニックが詰め込まれています。

今回は小泉八雲・小川未明・梶井基次郎の名作を読み解くヒントや、エンタメ小説に役立つポイントをご紹介します。

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小泉八雲『雪女』

小泉八雲の雪女
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『雪女』を読む

日本文化の研究者・小泉八雲|作者概要

明治期に活躍した作家。本名は「ラフカディオ・ハーン」。ギリシャで生まれ、アイルランド、フランス、アメリカなどでの生活を経て、1890年に新聞記者として訪日しました。その後、記者を辞め教師となります。最初の赴任先、島根県で小泉節子と出会い結婚。当時、日本に現地妻を持つ西洋人は多くみられました。そのほとんどは夫のみ帰国して、日本の妻子に経済的な援助をするというもの。しかし八雲は日本に帰化する道を選びました。

日本で生活し、日本人の暮らしや伝説、信仰など、日本文化を多くの書籍で世界に紹介した八雲。なかでも日本古来の物語を元にした小説が有名で、『雪女』もその1つです。

『雪女』のあらすじ

冬の日、茂作(もさく)という年老いた木こりと18歳の奉公人、巳之吉(みのきち)は、仕事帰りにひどい吹雪にあいます。渡し守の小屋に避難した2人はそこで一夜を過ごすことにしました。夜中に目を覚ました巳之吉は、白い着物の女が茂作に息を吹きかけているのを目撃します。女は「お前は若くきれいだから生かしておくが、今日見たことを誰かに話したら、その時はお前を殺す」と言い残して去りました。巳之吉が慌てて茂作に触れると冷たくなっていました。

翌年の冬、巳之吉は美しい娘「お雪」と出会い、夫婦になります。2人は10人の子宝に恵まれ、年月が経っても若く美しい姿のお雪と幸せな家庭を築いていました。ある日、巳之吉はお雪に「お前を見ていると18歳の頃に経験した不思議な出来事を思い出す。お前によく似た女に会った」と呟いてしまいます。お雪はその人のことを教えてほしいと言いました。巳之吉があの夜のことを話すと、お雪は「その女こそ私でした」と叫んだのです。

お雪は、子どもがいなければ巳之吉の命を取るところだったと言い、子どもの面倒を見るようにと巳之吉に託して消えてしまいました。

昔話のファムファタール|『雪女』を読み解くポイント

『雪女』は簡単な言葉づかいで読める童話的な作品です。しかし熟読するとそこに秘められた深い意味がわかります。

雪女には、ファムファタール(宿命の女・魔性の女)というイメージがあります。これは当時のヨーロッパの文学や美術でよく描かれた概念。異邦人である小泉八雲ならではの表現といえます。日本の伝承に西洋文学の要素を取り入れたヒロイン像が、恐ろしくも魅力的な『雪女』を3つのポイントから読み解いていきましょう。

1 雪女はなぜ消えてしまった?

超常的な存在が特別なルールを持っているのは多くの物語に見られるパターンです。雪女にも、「正体を知った人間のそばにいられない」などのルールが存在したのかもしれません。

2 雪女は夫にどのような気持ちを持っていたのか?

雪女は巳之吉に子どもを託すために殺さないのだと言いました。言葉通りに受け取ると、子どもに対する愛情から養育者である夫に害をなさなかったことになります。しかし本当にそれだけでしょうか。

雪女は夫である巳之吉に深い愛情をもっていたから、害を与えることなく去っていったのかもしれません。そして、信じていたからこそ巳之吉を試したとも考えられます。

巳之吉が語り出した時、それを遮れば、話の続きを促さなければ、このような悲しい結末にはならなかったはずなのに……。

夫を信じていたかった。本当はそばにいたかったのに、素直になれず、相手を試してしまうお雪。そんな雪女の複雑な心境を想像するのも味わい深いですね。

3 長編にするならどんな方向性にする?

消えた妻や恋人を取り戻す展開は、妖怪や妖精が出てくる話の定番です。妻を探す旅に出るという方向性もあります。また、雪女の残した子どもたち、子孫の物語というのも魅力的なのではないでしょうか。その後の展開に想像を膨らませてみましょう。

エンタメ小説に活かすなら|『雪女』の役立ちポイント

古来から怪談や妖怪ものには「ルール」がつきものです。「見るなの禁忌」とも呼ばれ、世界中の神話、民話の題材としても知られています。日本の民話では『鶴の恩返し』が有名です。見てはいけないと禁止されたのに、破ってしまうことで悲劇が起こる物語です。

「見るなの禁忌」のようなホラーや怪談風のシチュエーションを小説に取り入れるとき、以下の部分が役に立つでしょう。

  • その怪異にどのようなルールがあるのか
  • キャラクター達は、ルールに対してどのような思いを抱くのか

妖怪などの人外(人間でないもの)は、エンタメ小説においてファンタジックな要素を担う存在としてとても人気があります。娯楽作品に絡めるにはどのような形で登場させるのが最適なのかを考えてみましょう。

また、作者の小泉八雲の存在自体も、エンタメ小説の登場人物として格好のモデルだといえます。異国からやってきた人物は、訪れた国にどのような印象を持ったのでしょうか。実際の小泉八雲は、日本を愛していたとも失望していたともいわれています。

そこから想像をふくらませ、主人公が異世界で活躍し、その世界に愛着を抱く一方、失望するような事件も起きるという物語を作るのもおもしろいかもしれません。

小川未明『赤い蝋燭と人魚』

小川未明の赤い蝋燭と人魚
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『赤い蝋燭と人魚』を読む

児童文学の父・小川未明|作者概要

明治末期から昭和にかけて、多くの小説を残した小川未明。その作品数は千近くともいわれています。なかでも短編の詩的な美しさは没後も高い評価を得ています。

新潟に生まれ、中学時代は漢学を得意とした未明でしたが、理数科目が苦手で3度留年し、退学しました。その後上京し、東京専門学校(現在の早稲田大学)英文哲学科に入学。この頃、小説家の坪内逍遥に出会います。彼に推薦されて処女作『漂浪児』を発表し、逍遥が名づけた「未明」を名乗りました。

大学卒業後、結婚し、早稲田文学社や読売新聞社で働くも続かず、文筆業に専念。デビュー当初は「新ロマンチシズム文学」の有望な新人として評価されました。後に社会主義的な傾向を強め、大正末期から童話専門の小説家に。時代とともにその作風を変化させた小説家なのです。

『赤い蝋燭と人魚』のあらすじ

身重の人魚は、暗く孤独な海での暮らしを憂いていました。生まれてくる子どもに同じ思いをさせたくなかったのです。人間は慈悲深い心を持った生き物だと聞いていたため、人魚は人目につく海辺のお宮までいき、そこで赤子を産み落とします。

海辺の街には蝋燭(ろうそく)屋の老夫婦が住んでいました。ある日夫婦はお宮で人魚の赤子を見つけます。老夫婦は赤子を大切に育てました。赤子は美しい娘に成長しましたが人前に出ることはなく、蝋燭に赤い絵の具で絵を描いて過ごしていたのです。

この蝋燭をお宮に納め、燃えカスをお守りにすることで、海が荒れていても無事に帰れるとたちまち評判になりました。噂を聞いて蝋燭屋を訪れた香具師(やし=露天商売人のこと)は、そこの娘が人魚であることを突き止め、見世物として売ってくれるよう老夫婦に頼みます。

老夫婦は当然相手にしませんでしたが、香具師は「人魚は不吉な存在」「手元に置くと災いが起こる」と説得します。夫婦の気持ちは揺らぎ、目の前の大金も背中を押したのでしょう。ついに娘を手放す決心をしてしまいました。娘は老夫婦に懇願し、撤回するよう頼みましたが、聞き入れてもらえません。香具師が連れに来るまでの間、娘は蝋燭に絵を描き続けます。途中で迎えが到着し、中断せざるを得なかったため娘は残った蝋燭を赤く塗りつぶしました。

その夜、一人の女が蝋燭を買いに来ます。女は赤く塗り潰された蝋燭を選び、持ち帰りました。女から受け取った銭をよく見ると、それは貝殻でした。

その直後、大嵐になり海は荒れ、たくさんの船が難破します。以来、赤い蝋燭は不吉だと噂され、老夫婦は蝋燭屋を畳むことに。しかしお宮には毎日、赤い蝋燭の灯がともるのです。ほどなくしてその町は滅んでしまいました。

人間と人魚の悲しい関係|『赤い蝋燭と人魚』を読み解くポイント

子ども向けに書かれた童話には、美しく優しい物語ばかりでなく、不気味で恐ろしい作品も多くあります。そこから学べることは多く、この物語にも深い「人間の業」が表現されているのです。詳しく読み解いていきましょう。

1 この物語のテーマって何?

まさに因果応報でしょう。これは教育的効果を狙った意図も含め、童話や民話でしばしば見られるテーマです。

2 この物語のなかで「悪い」のは誰?

この物語に登場する人間は悪人ばかり。金を積み、年寄りを言いくるめた香具師が悪いのはもちろん、欲に目がくらんだ老夫婦も同罪です。

しかし冒頭で娘を人間に託した人魚にも悪い部分はなかったでしょうか。自分の置かれた環境に満足せず、大切なはずの娘を思い込みだけで人間に預けたのは、浅はかな行為だったといえるかもしれません。

3 人魚と人間の関係から何が見える?

この物語の核は、理解し合うことの難しさが生んだ悲劇ともいえます。はじめは老夫婦も人魚を大切に思っていました。しかし香具師の戯言に惑わされ、娘を手放したのです。ここには大切に育てた娘が「人間でない」という背景が影響しているのかもしれません。娘と自分たちは違う種族であるという線引き、区別があったのでしょう。そのため、娘の必死の訴えをも聞き入れられなくなってしまったのです。

老夫婦は「人間でない」娘に対し、神の使いだと純朴に信じ、受け入れました。しかし「不吉なものである」という香具師の言葉もまた純朴に信じ、排除したのです。良い行為も悪い行為も、老夫婦の「純朴さ」によるもの、という皮肉なテーマは見逃せない部分といえるでしょう。また人魚が人間を優しいものだと純朴に信じたことが招いた悲劇でもあったのです。

エンタメ小説に活かすなら|『赤い蝋燭と人魚』の役立ちポイント

童話によくみられる幻想的な光景は、エンタメ作品においても目指すべき境地だといえます。美しく、それでいてどこか恐ろしい描写は子どもだけでなく、広い世代の心を引きつけるものだからです。

また悲劇や感動をより大きく感じさせるために、どのような要素が必要なのかも参考にできます。

本作では最初は良好だった関係性が崩れることで、悲しみがより大きく感じられたのではないでしょうか。人間の愚かさや純朴さによって起こる悲劇の反面、純朴さゆえの優しさも確かにあったのです。

人間を「優しいもの」と純朴に信じ、大切な子どもを託したのに、期待を裏切られ、自分の子どもを売られてしまった人魚。彼女は愚かな人間に怒ると同時に、自分の愚かさをも呪ったことでしょう。

このあたりの「優しさ」や「愚かさ」などをエンタメ作品にどのように活かせるかを、じっくり考えてみましょう。

梶井基次郎『檸檬』

梶井基次郎の檸檬
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『檸檬』を読む

早世の天才小説家・梶井基次郎|作者概要

梶井基次郎は、大正から昭和初期に活躍した小説家です。大阪で生まれ、第三高等学校理科甲類(現京都大学総合人間学部の前身)に進学し、京都に移り住みます。そのうち学業への意欲が失せた基次郎は「いい小説といい楽譜」を求め、夏目漱石や谷崎潤一郎を愛読するようになりました。1920年、肋膜炎を発症。療養のため、大阪に戻ります。20歳のころ、はじめて遊郭へ訪れたのをきっかけに、退廃的な生活を送るようになりました。そのため卒業試験に落第した基次郎は、母への罪滅ぼしとして習作『母親』を執筆します。これを皮切りに小説を書きはじめ、三高劇研究会の回覧雑誌『真素木』に『全吉』を発表しました。

同年に、『檸檬』の執筆を開始。文学の道へと邁進していきます。5年をかけ、第三高等学校を卒業後、東京帝国大学英文科に入学した基次郎は中谷孝雄らとともに同人誌『青空』を創刊。そこで『檸檬』を発表しました。しかし翌年に肋膜炎が再発してしまいます。その後も腎臓炎などに苦しみ、肺結核によって死去しました。小説家としての評価は死後、次第に高まっていきました。基次郎の命日は代表作『檸檬』にちなんで、檸檬忌と呼ばれています。

『檸檬』のあらすじ

「不吉な魂」を内に抱いていた「私」は、京都の町をさまよい歩いています。借金でも病気でもなく、その「不吉な魂」は、かつて私が好んでいた「美しいもの」を拒絶させます。そのかわりに「みすぼらしくて美しいもの」に心惹かれるようになっていました。それは「壊れかかった街」や「汚い洗濯物が干され、がらくたが転がっている裏通り」などです。かつての私は「丸善」という書店が好きでした。しかしその華美な美しさが、今の私には「借金取りの亡霊」のように見えてしまいます。

そんないたたまれなさから、町を徘徊しているのです。その道中、私は八百屋で売られている檸檬に目を留めました。レモンイエローの絵の具をチューブから出して固めたような単純な色、丈のつまった紡錘形(円柱の両端がとがった形)。すっかり気に入った私は檸檬を1つ買いました。

すると、「不吉な魂」は緩み、あれだけ執拗に心を押さえつけていた憂鬱が、紛らわされたのです。檸檬の冷たさ、産地のカリフォルニアを想像させる香りが私を元気にしました。その檸檬を手ぬぐいの上にのせたりマントに当ててみたりしながら色の反映を楽しみ、私は幸福でした。

そうこうしながら機嫌よく歩いていると、かつて好きだった「丸善」の前にたどり着きました。最近は避けていた場所ですが、今日は入ってみる気になりました。

しかし私の「幸福」は逃げてしまいます。じわじわと憂鬱が立ち込めてきます。画本の棚の前にいきますが、重たい画集を取り出すのにさえ、以前より力が要るように感じました。パラパラとめくってみるものの、たまらなくなってその場に置いてしまいます。元の位置に戻す気力もなく、自分が抜いて積み重ねた本の山を眺めていました。

もっと高く積み上げてみたらどうだろう。さまざまな色の本をどんどん重ね、その上にあの檸檬を置いてみたらどうだろう。

それは上出来なものでした。ガチャガチャした色の階調を、檸檬がひっそりと吸い込んだのです。埃っぽい丸善の空気が檸檬の周囲だけ緊張しているように感じました。そこで第二のアイディアが生まれます。このままにして、何食わぬ顔で外へ出るのはどうだろう。くすぐったい気持ちになった私はスタスタと店を後にしました。

私は「丸善の棚に黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた奇怪な悪漢」。あと10分もすれば、丸善は美術の棚を中心に大爆発をする……のだとしたら、どんなにおもしろいだろう。そんな想像をしながら、私は京極を下っていきました。

モラトリアム小説の王道|『檸檬』を読み解くポイント

心の中に起こる漠然とした不安や憂鬱を持て余している人は案外多いものかもしれません。悩みの内容は人それぞれ。その人にしかわからない悩みは、誰しもが抱えているものなのでしょう。焦燥感に駆られながらも、大人になるのを先延ばしにして、ふらふらとさまよってしまう。まさに「モラトリアム」な若者の心を繊細に描写した名作『檸檬』。3つのポイントを押さえながら読み解いていきましょう。

1 「私」が抱く「不吉な魂」って何のこと?

「不吉な魂」が何であるのかは、作品中では明言されていません。そのため、捉え方は人それぞれだといえるでしょう。二日酔いのような身体的なものからくるのかもしれないし、借金や病を抱えている自分の将来への不安から来ていたのかもしれません。

主人公は「借金や病気」のせいではないと否定していますが、本当のところはどうでしょうか。不安の正体は、自らにはなかなかわからないものです。

2 私が丸善に入った途端、幸福な感情を失ったのはなぜ?

冒頭で、私は以前好んでいたものに対する「いたたまれなさ」を打ち明けています。完璧な美しさをもった「檸檬」を手に入れたことで気持ちが高揚し、丸善に入ってみたものの、やはりいたたまれなくなってしまったのでしょう。

3 「私」にとっての「檸檬」とは何?

檸檬は、私が好む「みすぼらしくて美しいもの」の最たるもの。かつては美しいものを好みましたが、今は「みすぼらしくて美しいもの」を好んでいます。「丸善」のようにかつて好きだったものには、焦燥感を覚えてしまうのです。

檸檬を「爆弾」に例えたのは、自分が抱えている「不吉な塊」を破壊するものと見ているのかもしれません。みすぼらしくて美しい檸檬は、私の憂鬱の象徴「丸善」を、かつて好んだ「美術の棚」を中心に破壊するための爆弾に見立てたのでしょう。

エンタメ小説に活かすなら|『檸檬』の役立ちポイント

注目すべきは主人公の独特な価値観です。一見理解しがたい価値観ですが、梶井基次郎らしい抒情的(心情を吐露する様)な表現で描写されているため、読者の共感を誘います。

詩的で抽象的な表現は、文章を美しく見せます。それだけでなく、読者の想像力を引き出し、共感を覚えさせ、物語に引き込んでいく力があるのです。どのようにも解釈できる余韻が「自分も同じ気持ちになることがある」「私が漠然と感じていたコトと同じだ!」という気持ちにさせるのでしょう。

ただし回りくどい表現になりすぎるのは禁物です。読者に伝わってこその「小説」。さじ加減と使いどころに注意しましょう。

文豪の名作から小説のテクニックを学び文章力を上げよう!

プロの小説家を目指すならば、美しい文章、情感あふれる表現などさまざまなテクニックを身に付けたいところです。そのためにはたくさんの本を読むことが一番の近道。特に日本の古い名作には、登場人物の心情やその後どうなったかなどを想像で補うための「余白」があります。想像力を働かせ、美しい表現に触れ、自分の小説を格上げする武器にしていきましょう。


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監修|榎本 秋

1977年東京生。2000年より、IT・歴史系ライターの仕事を始め、専門学校講師・書店でのWEBサイト企画や販売促進に関わったあと、ライトノベル再発見ブームにライター、著者として関わる。2007年に榎本事務所の設立に関与し、以降はプロデューサー、スーパーバイザーとして関わる。専門学校などでの講義経験を元に制作した小説創作指南本は日本一の刊行数を誇っており、自身も本名名義で時代小説を執筆している。

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