語彙力や表現力、発想力を鍛えるためには小説をただひたすら書き続けるよりも、「読む」ことが近道です。なかでもオススメなのが明治から昭和にかけて発表された「文学」作品と呼ばれるジャンルを読むこと。
今回は、不朽の名作を生み出し、今なお愛されている「文豪」の名作から、エンタメ小説に役立つポイントを探っていきましょう。
▼この企画では以下の文豪の名作から、現代の小説に生かせる表現方法を学びます▼
【小説の語彙力を増やすなら】
小説に必要な語彙力の増やし方|練習法
目次
「文学を読む」と聞くと少し身構えてしまうかもしれませんが、小説に欠かせない語彙力・表現力を自然と身につけるには最適な方法です。
意識して学ばなければなかなか身につかないものですが、読書ならば無意識に学べることも多いものです。
読む本数が増えることで、言外の意味(行間)を読む力=読解力が身についていきます。読解力とはこの作品のどこがすばらしいのか、なにが面白いのか、読み解ける力のことです。読解力があれば、何を書いたら面白い作品になるのか、どういう表現をすれば読者に感動を与えられるのか。それらの感覚もつかめます。
つまり「本をたくさん読むこと」は、創作力を鍛えることであり、プロ作家になるための近道なのです。
豊富な語彙力があれば、作品を読むときのストレスや知らない単語を逐一調べる手間がかなり軽減されます。すぐ身につくものではないので、作品を読む際は辞書を用意しておきましょう。「わからなければ調べる」だけで語彙力は向上します。表現の幅が広がったり今まで狙っていなかった層へ向けた作品が書けたりと、いいこと尽くめです。
紙の辞典がない、引くのが面倒、という人は電子機器の辞典やネットの辞典、電子辞書などを活用しましょう。
小説を読むことで身につく力は、ほかにもたくさんあります。詳しくはこのコラムをご参照ください。
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小説表現のワザと書き方のコツ
読書するだけでも十分効果はありますが、もっとさまざまな知識を吸収したい! という人はこの手順で作品を読んでみましょう。
とくに重要なのが「2」の作品を読み解いて、筆者の創作術を考える部分です。考えることは自分の創作力を伸ばす秘訣。そしてその効果をもっとも高めるのが「文学作品」と呼ばれるジャンルなのです。
小説を読むなら、何でも良いと思う人は多いかもしれませんが、ここでは文学作品を読むことをおすすめします。近年のエンタメ作品を参考にするのも流行を知る上では大変参考になりますが、「文豪」が書いた文学作品ならではの要素もあります。それは「ぼかし」の存在です。
文学におけるぼかしとは読者に思いを巡らせるきっかけ作り、想像の余地を意味します。
ぼかしが多用されるのは文学作品ならではの価値観。ここでいう「ぼかし」にはいろいろな意味が含まれます。
答えが明確でなく、読者に重要な部分を投げかける作風といえるでしょう。
エンタメ小説に馴染みがある一方、文学作品は……という人のために一例をあげてみました。
作品は芥川龍之介が書いた『羅生門』、学生時代に読んだ経験を持つ人も多いはず。主人公の下人は、作中で当初自分がどのように生きるか迷っているような行動をとりますが、やがて決心します。そのきっかけは描かれているものの、どのような心の動きがあったのか、はっきりとした描写はありません。また、物語の後に下人がどのような行動をとり、どのような人生を歩むのかも書かれていないのです。
「下人は何を思ったのだろうか」
「その後、彼はどうなったのだろうか」
このように、読者が思いを巡らせる、想像の余地を演出できます。文学作品はこの「答えはなんだろう?」と考える部分が大切であり、それが作品を味わう醍醐味です。ぼやかされた真相について考え、その疑問の答えを思うことは、作品をより深く理解すると同時に、発想力の訓練になります。
対してエンタメ作品は、答えが明確といえるでしょう。多少ぼかすことはあっても、それは作品として特別なギミックであったり、あるいはわかりやすいヒントだったり、というケースです。
その理由の多くは、不明瞭な部分が多すぎると「結局どんな話だったの?」と読者に疑問が残り、素直に「おもしろい」と思えなくなってしまうからです。エンタメ作品は「わかりやすくおもしろい」がポイントになるジャンルと言えます。
わかりやすくおもしろいエンタメ作品に触れ慣れているからこそ、文学作品の「ぼかす」手法を新鮮に感じる方も多いでしょう。だからこそ、エンタメ小説作家を志望している人でも文学作品に触れてもらいたいのです。
文学作品は日本の「小説」の基盤を作り上げた文豪たちが書いています。『源氏物語』や『伊勢物語』など、明治以前の作品群は「物語」という位置付けでした。流行はしていましたが、当時の評価は非常に低いものでした。その「物語」と呼ばれるジャンルの流れを引き継ぎ、西洋の思想や外国文学の影響を受けた明治以降の文学らが完成させたのが「小説」という分類です。
エンタメ小説をはじめとする、現代の小説の祖とも呼べる時代の作品に触れていきましょう。
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『走れメロス』を読む→
太宰治(本名:津島修治)
1909年6月19日〜1948年6月13日
昭和期に活躍した青森県の小説家。父である源右衛門と母親のたねとの間に生まれた6男。そのうち兄2人は若死しており、3人の兄と4人の姉、弟がいます。さらに祖父母、祖母、叔母とその娘らとともに大家族で幼少期を過ごします。
1923年(14歳)、父が死去。そのころから同人誌を友人らと制作。
1927年(18歳)ごろから泉鏡花、芥川龍之介の文学に傾倒。とくに芥川の自殺に強い衝撃を受けます。
1930年(20歳)東京帝国大学仏文科に入学するものの、登校することはめったになかったようです。同年、井伏鱒二に面会し、その後長く師として仰ぎます。
1933年(24歳)初めて「太宰治」名義で書いた『田舎者』を発表。
1935年4月(26歳)、盲腸炎から腹膜炎を併発し、夏まで療養。同年8月、第一回芥川賞候補に『逆行』が挙げられたが、次席(補欠的立ち位置)止まりに。
1940年(30歳)井伏の紹介で知り合った石原美知子と結婚しました。
1941年(31歳)、新進作家(新しく世に認められた作家)としての地位も定まり、作品の発表が増えます。『走れメロス』などの有名作品もこの年の発表作。
1948年(38歳)、数度の自殺未遂の末、愛人とともに入水自殺を行い、生涯を終えました。この日は作品から「桜桃忌」と名づけられ、多くのファンが今でも玉川上水にお参りします。
『人間失格』に代表される破滅的な作風・性格で知られ、坂口安吾などとともに無頼派(新戯作派)と呼ばれました。
一方、賞にこだわり名声を欲する心もあったようで、芥川賞に落選した際、以前より親交が深かった選考委員の佐藤春夫に嘆願の手紙を送ったというエピソードも残っています。
たった2人で暮らしてきた妹の結婚準備のためにシラクスの市を訪れたメロスは、王の暴虐を知ってしまいます。感情で動くメロスは世を正すため、無謀にも国王暗殺を企てることに。
だが企みは失敗してしまい、メロスは処刑されることになります。妹に結婚式を挙げさせてやりたいと望むメロスは、友人セリヌンティウスを人質に3日間の猶予を得て、走ります。
あらすじと作者についてある程度学んだら、さっそく作品を読み解いていきましょう。大切なのは「何を読み取ったのか」という観点です。友情の大切さ、約束を守る(嘘をつかない)ことへの教訓かもしれません。または人を信じることの尊さだったり、どれほど信じていても、人は猜疑心を抱いてしまうという人間の弱さだったり……。もしかしたらそれさえも乗り越える強さ、ということもあるでしょう。これから挙げるポイントはあくまでも「こういう見方もあるのか」と参考の1つとしてとらえましょう。
メロスは頭がいいとはいえず、考えなしで、こころの弱い(親友を見捨てかける)面も持つ性格です。それにより読者や作中の人物から共感や同情を受けやすくなります。また覚悟を決める「心の美しさ」をこの本から得る人もいるでしょう。
太陽が落ちる場面や、メロスが帰還する場面など、非常に臨場感あふれる描写はぜひ参考にしたいものです。道中メロスを襲った濁流、諦めかけたメロスの独白、いまにも処刑されんとしているセリメンティウスの様子。臨場感たっぷりなものや、メロスの心情を投影した文言も多く、読者を物語に引き込む要素が多分に散りばめられています。
体を張り命をかけた奮闘は、メロスが示した真の友情といえるでしょう。これらのエピソードは物語上、誰かを説得するきっかけになるだけでなく、読者が応援したくなるイベントとしても機能しています。
エンタメ作品では主要キャラクターのカッコよさも大切です。一方で弱点や本性、裏の顔と呼ばれる部分もきちんと持たないと、どうしても薄っぺらい性格になってしまいます。
『走れメロス』の要素は、いくつかの調整を加えることで十分エンタメ作品になるでしょう。たとえば、メロスの前に山賊や天気の変化などのアクシデントを用意したり、王の側近に癖のあるキャラクターを登場させたりと、多様なアレンジができそうです。
自分の手で『走れメロス』をエンタメ作品風にしてみましょう。
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『羅生門』を読む→
芥川龍之介
1892年3月1日〜1927年7月1日
主に大正期に活躍した小説家。
新原敏三・フク夫妻の長男として生を受けます。しかし母フクが精神面で弱っていたこともあり、母方の実家である芥川家で幼少期を過ごします。物語に親しむきっかけを与えたのが実母代わりの伯母フキです。
1903年(11歳)実母フクが死去し、芥川家の養子になります。
1913年(21歳)東京帝国大学文科大学英文科に入学。
1914年(22歳)処女小説『老年』を発表。
1915年(23歳)夏目漱石の木曜会に出席し、門下になります。
1922年(30歳)このころから体調を崩し、静養のために何度か居を移します。
1927年7月(35歳)に自宅にて服毒自殺。遺言書に書かれた「唯ぼんやりとした不安」という一節は現代でも多くの人の記憶に残っていることでしょう。命日は作品から「河童忌」と呼ばれています。彼の名が付けられた文学賞「芥川賞」があり、これは純文学が対象です。
芥川龍之介はここで紹介した作品以外もぜひ読んでほしい文豪の一人です。また、多くの作品が短編で読みやすいだけでなく、文章がシンプルで目標・模写の手本とするのにも適しています。ほぼ全ての作品が青空文庫にあり手に取りやすいので、通勤や通学の合間に1本読む習慣を加えてみるのはいかがでしょうか。
時は平安、地震や辻風など災いが続き、衰退した京都が舞台です。
荒れ果てた羅生門には、数多くの死人が棄てられています。職を失った下人は行くあてもなく、もう盗賊にでもなるしか道はないものの、決心がつかずにいます。そんな中、羅生門で、死骸のそばにうずくまる老婆を下人は発見します。老婆は女の死骸から、髪を抜いていたのです。
作者の経歴、あらすじを確認したところでさっそく読み解くポイントをみていきましょう。
共感できるキャラクターについて考えてみましょう。
「考えが途中で変わる下人に共感した」
「言い訳はするが一貫している老婆に共感した」
「誰にも全く共感できなかった」
大きく分けるとこの3つのパターンに分かれるはずです。しかし、登場人物全員が人間臭いという点で読者の共感を誘う部分も多いのではないでしょうか。
下人を善人と思うか、悪人と思うかは人によって違うのは当たり前です。もしかしたら最初から悪人だったのにその本性を隠し、生活をしていたのかもしれません。また、老婆に影響されて悪人になった可能性も考えられます。あるいは「善悪両方持った普通の人」と考えるとどうでしょうか。一気に自分と似た境遇になるとは思いませんか。
下人がその後、どんな人生を歩んだのか、どんな行動をしたのか作中には書かれていません。盗賊になった可能性も、普通の人として生きていく可能性もあります。このように主人公ともいえるキャラクターのいく様を考えられるのも、文学作品ならではの魅力です。
「どういう意味があるのだろう」「ほかの人ならどう考えるだろう」と考えるきっかけになる描写が多い作品です。「作中の意図や工夫について想像を巡らせる題材」としてこの作品はとくにメッセージ性が強いといった特徴があります。浮かんでくる疑問点や想像は、新しい物語を生み出すヒントになるかもしれません。
まずは作品を読みましょう。
青空文庫で『藪の中』を読む→
藪の中で男の死体が見つかり、関係者がそれぞれ知り得た情報を語る形式です。
第一発見者の木こりは男が殺される前に抵抗したであろうと語ります。死ぬ前の男が妻とともに旅をしていたと証言したのは旅法師。多襄丸という盗人を捕まえた放免(検非違使の下部)は、殺したのは多襄丸だろうと答えます。いなくなった女の母(老婆)の証言で男女の素性が判明。ところがここから話がおかしくなっていきます。多襄丸は確かに男を殺したのは自分だが、女が2人に決闘しろとけしかけたから堂々戦って殺したと証言。清水寺に駆け込んだ女は、盗人に辱められたあと、2人ともに死ぬつもりで男を殺したのだというのです。ところが、巫女の口を借りて現れた男の死霊が真実を語ります。盗賊側に寝返った妻が、夫を殺せとそそのかしたものの、盗賊はこれを拒否。妻を捨てて立ち去った。そして妻も去った後、私は自殺したのだと。
「藪の中」というタイトルが、「真相がわからない」という慣用句になるほど、世間に影響を与えた作品です。この作品からどんなことが読み取れるのか確認していきましょう。
物語ではなく「証言の集まり」にすることで、「作り話」の匂いが薄れる効果があります。それにより、実際の事件をまとめたノンフィクションのような印象を読者は感じます。
誰の言葉が正しいと思う(共感した)のかは、読み手それぞれで分かれる部分です。正式な答えは作中に書かれていません。誰かが本当のことを言っているのかもしれないし、実は少しずつ嘘を吐いている、という可能性もあります。真実を求めるのではなく「証言」が正しいのか考えることが大切です。
数人の証言によって、見えなかった部分が少しずつ補われ大まかな真実が見えてくる構成です。記憶にあいまいな部分が出るのも、人間ならでは。しかし、何の疑いもなく信じられる証言を語る人が出てこない部分も魅力といえるでしょう。
嘘かホントかわからない証言で構成された、この作品のテーマはなんでしょうか。誰を信じるべきか、あるいは正しい情報なのかわからないまま読了した人も多いはず。色々と考えられる作品ですが「真実というのは明らかにならない」ことがテーマの1つにあげられます。
あやふやな答え(ぼかし)について考え、想像することでエンタメ的な「悩む主人公」「決断する主人公」の描写に生かせます。どんな答えを設定すればいいのか考えることがエンタメ作品にするときのポイントです。
また、それぞれの証言によって、見えてくるキャラクター像が大きく異なるのもこの作品のポイント。男の印象が証言人によって変わるだけでなく、読む人によっても捉え方は異なります。とくに死んだ男の妻においては、ストーリー自体を混乱させる働きかけをしています。そんなキャラクター像はきっとエンタメ作品にも生かせるのではないでしょうか。
これらの作品は多くの人が読んだ経験を持っているでしょう。そのため、読み返しても何も得られないと思っても何ら不思議ではありません。しかし文中には書かれていない部分を考えながら読むことで、発想力を鍛える教科書に早変わり。その後の展開や登場人物の心情など「ぼかす」手法が学べるのです。また文豪の美文に触れ、語彙力を増やせれば表現の幅も広がります。
たまには執筆の手を止め、不朽の名作に触れる時間を作ってみてはいかがでしょうか。
【続きはこちら:小説の勉強に最適なその他の文豪たち】
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1977年東京生。2000年より、IT・歴史系ライターの仕事を始め、専門学校講師・書店でのWEBサイト企画や販売促進に関わったあと、ライトノベル再発見ブームにライター、著者として関わる。2007年に榎本事務所の設立に関与し、以降はプロデューサー、スーパーバイザーとして関わる。専門学校などでの講義経験を元に制作した小説創作指南本は日本一の刊行数を誇っており、自身も本名名義で時代小説を執筆している。
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