ストーリー、キャラクター、世界観の設定は、小説を書くうえでとても大切ですが意外に忘れがちでありながら、とても重要なポイントがまだあるのです。
それは「何人称で書くのか」という選択です。「人称」は、小説の流れを決める役目だけでなく、読み手(読者)の小説に対する印象さえも左右します。小説のストーリーや文体と人称がうまく一致すれば、それだけで1ランク、2ランクアップした魅力的な作品になるのです。
今回は、小説を書くうえで知っておきたい「人称別の特徴とメリット・デメリット」についてご説明します。
※小説の書き方って何からはじめればいいの?という方は以下の記事をご覧ください
小説の書き方【初心者必見】はじめの一歩から完成まで
目次
「人称」とは、文法の一つで、語り手と聞き手、そしてその他の存在を区別するものの3つに区別されます。
小説での人称の判断基準は、語り手(文章)が誰なのか。
1人称で書かれた文面なら「僕はお腹が空いた」となり、2人称なら「君はお腹が空いただろう」、3人称は「龍也はお腹が空いたようだ」となります。
人称は、小説全体の文体を決める重要な要素です。また、読み手(読者)が受ける印象や誰に共感するのか、も変化します。
さらに、人称を変えることで同じ状況を描写してもまったく違った小説になる、といった特徴もあります。
どのように変化するのか、人称の特徴について、1つずつ詳しく見ていきましょう。
「僕」や「私」の視点で書かれた1人称小説は、多くの場合、主人公の視点で物語が進むスタイル。そのため小説を書くうえで、構想が作りやすく書き始めやすいという特徴があります。
1人称の小説は数多く存在し、代表的な作品として夏目漱石の『草枕』や谷崎潤一郎の『痴人の愛』があげられます。
「嬉しい気持ちを抑えるように私は口の中を噛んでいた。痛みを感じてもなお、胸は高鳴っている。」
1人称小説の最大のメリットは「主人公の心の声(心情)がダイレクトに書ける」ことです。これにより、読者と主人公の心の距離を近づけ、感情移入ができる小説になります。
また主人公の心の声を文章に直接書けるため、考えていることや感じていることなど、他者には話さなければ伝わらない・伝えられない情報が組み込めるのです。
アクションシーンや恋愛小説など、読者が主人公と同じ体験をすることでより魅力的になるシーンやジャンルを書くときに、1人称は魅力的な語り手だといえます。
魅力的な1人称小説ですが、「主人公の知らないことを読者は知れない」「主人公が何に感情を揺さぶられているのか表現がしづらい」といったデメリットがあります。
1人称小説は、主人公の感情を直接文章に書いても違和感はありません。しかし、感情が変化した理由を主人公に説明させてしまうと、とたんに不自然になるので注意しましょう。人は心を揺さぶる出来事がおきたときに多くの場合「感情的」になります。その体験中、もしくは直後に「なぜ感情が揺さぶられているのか」について分析することはあまりない、といえるでしょう。感情と分析する行為は対極に位置するからです。
そのため、感情を揺さぶられた理由が書けず、雰囲気や前後の流れでしか読者に伝える手段がないのです。
また、主人公が知ること以上の情報、主人公の身長よりも高い場所の状況や、主人公が読めない異国のことばで書かれた文の内容なども地の文に書けません。
これらの情報を入れたいからといって、主人公の知識レベルを高く設定するのは避けましょう。主人公の知識レベルが高すぎると、読者は共感できず置いてけぼりになってしまうからです。
「知らないことは書けない」「いないところは書けない」といったデメリットをカバーする手段として、語り手を次々と変えていくというスタイルが多く採用されます。
これは、上遠野浩平や成田良悟などが得意とするスタイルです。
このスタイルで書くと1人称のメリットである緊迫感や共感を生かしつつ、デメリットである視点の狭さをカバーできるのです。それにより、群像劇(同一の舞台、時間軸の中でさまざまな人物による物語が進行する方式)的な盛り上がりが生まれ、小説全体のスケールも大きくなります。
語り手が変わるのは魅力的なスタイルですが、注意点もあります。いろいろなキャラクターの視点で書くため「それぞれのキャラクターが今どうなっているのか」「何を目的としているのか」「物語の中でどう変わるのか」を書き手が管理し、わかりやすく読者に伝えるための高い文章力が求められてしまうのです。
また、ひとかたまりで行動しているチームの中だけで視点を変えても、物語に動きは出ず、人称を変える意味がなくなります。このスタイルを採用し、魅力的な物語にするには一つの事態の中で起きる、さまざまな人々の動きを書く必要があり、執筆の難易度が上がることも。
1人称小説では伝えられない情報を書きたいときや、いろいろな立場の視点で一つの状況を書きたいときは、このスタイルで書いてみるのもいいでしょう。
3人称小説は、「彼は」「彼女は」「〇〇(名前)は」といった形で書かれた、登場人物以外の第三者、あるいは「神の目」で物語が進みます。そのため、さまざまな情報を直接文章の中に組み込めるので、他の人称のもつデメリットがカバーできるのです。
また3人称は小説初心者におすすめの手法でもあります。執筆時に、頭の中にある物語を淡々と3人称で書き出すことで、変な癖がつかず、創作力・文章力の向上に繋がります。
龍也は前髪が気になるようで、何度も手鏡を見ていた。周りにいた友人は、そんな彼に眉をひそめている。龍也にその視線はまったく届かず、満足するまで鏡を下ろさないのであった。
物語をうまく進めるという部分においても、大きなメリットがある3人称小説。視点を自由に動かせるため、登場人物が、感情を揺さぶられている原因や知らない情報説明ができます。
「広い視野で物語を見て描写する」ので、状況の説明や事態を冷静に解説できるだけでなく、感情が揺さぶられた理由についても説明できるため、物語に対する読者の理解がより深まるのです。
いろいろな情報が書ける「神の目」という視点をもつ反面、登場人物の心の動きや感情そのものを文章中に表記できないのが、3人称の難点です。
感情の変化は、直接他者が見られるものではなく、また態度で判断できるからといってそれが正しいとは限りません。
どうしても登場人物の感情を書きたい場合には、丸括弧()を使い、心の声を表現します。
近年、1人称小説のように心の声や心情を文章に直接入れながらも、3人称の視点「彼は」「〇〇(名前)は」を入れた小説が出てくるようになりました。
3人称のメリットである冷静で広い視点での状況説明も取り入れられ、1人称のメリットである感情描写も取り入れられる、まさにいいとこ取りのできる執筆スタイルです。
ワクワクする気持ちが抑えきれない海人は、ニヤケ顔で通学路を歩いていた。隣りにいた友人は不思議そうに顔を見つめていたが、そんなことはどうでもいい。
海人は昨日、今までできなかったステップがようやく踏めるようになったのだ。
ステップが出来た! これでみんなに追いつける!
海人はこのことをダンスサークルのメンバーに言いたくてたまらなかった。
「いつもと違う手法で物語を進めたい」「一風変わった作品で読者の興味をひきたい」という方におすすめなのが2人称小説です。
2人称小説とは「君」や「あなた」で物語が進みます。手紙やメッセージの集まりをテーマにした小説の場合に、よく採用されている人称です。他にも、主人公の頭の中に住む何かや、取りついた霊、特別な力を持った武器などが延々と語り続ける形式もこれに分類されます。
また、その町に昔から住んでいる老人が、新参者の「あなた」にその町の歴史について語るといった、語りに乗ってストーリーが進む場合も2人称小説です。
倉橋 由美子の『暗い旅』や藤野可織『爪と目』などが代表的な2人称小説です。
「おまえさんは知っているかい? 大昔、この村には2つの神が住んでいたことを。ここに住んでいるやつらはみんな嘘だと言っている。ただの言い伝えだと。しかしわしは知っているんだ。この村に住んでいた神のことを。初めて見る顔だから、特別に教えてやろう。」
2人称の優れているところは、「あなた」や「きみ」と投げかける表現を使用するため、手紙やメッセージを受け取った気分で小説が読める点です。
また、一般的によく書かれるスタイルではないため、多くの人の意表をつけるでしょう。
あまり見かけないためインパクトを与えられますが、使いこなせなければ2人称で書く意味がありません。使う意図を明確にしないと、状況が想像できないまま物語が進み、読者が置いてけぼりになる事態が起こるかもしれません。
他の人称に比べてハードルが上がるので、注意しましょう。
誰を目立たせたいのか、誰の視点を読者に与えたいのか、物語の流れや狙いたい効果によって人称を使い分けるのは、小説を書くうえで大事なポイントです。
メリット・デメリットを知ったうえで、自分の文体、執筆原稿のテイストにあった人称を選びましょう。
このような状態なら、一度すべての人称で小説を書いてみましょう。人称別の書き方がうまくつかめない場合は、例文が参考になります。
長編を書く必要はなく、原稿用紙数枚分の短い物語でOKです。できれば、人称別にストーリーを変え、完結めざして書き進めましょう。それができれば、自分にしっくりくる人称が見つかるはずです。
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監修|榎本 秋
1977年東京生。2000年より、IT・歴史系ライターの仕事を始め、専門学校講師・書店でのWEBサイト企画や販売促進に関わったあと、ライトノベル再発見ブームにライター、著者として関わる。2007年に榎本事務所の設立に関与し、以降はプロデューサー、スーパーバイザーとして関わる。専門学校などでの講義経験を元に制作した小説創作指南本は日本一の刊行数を誇っており、自身も本名名義で時代小説を執筆している。
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