没入感のある小説は、読者にその情景をありありと想像させます。頭の中に広がる景色、生き生きと動き回るキャラクター。プロ小説家を目指すなら、まるで映像をみているような情景描写を目指したいものです。
今回は情景描写が上達するポイントをご紹介します。
目次
情景描写とは小説の中で、シーンの風景などの描写を行うものです。情景描写には、物語が巻き起こる場所の風景を説明するだけでなくさまざまな役割があります。ここでは代表的な役割を2つご紹介します。
まず情景描写の一番の目的は、キャラクターが今どのような場所にいるのか、その情報を正確に伝えることです。
読みやすい小説とは、読者が容易に情景をイメージできるもの。登場人物がどんな場所にいるのか、想像できるよう丁寧に描写しましょう。
この情景描写を苦手とする方は多く、一体何をどういうふうに書けばいいのかわからないという悩みもよく耳にします。
一口に情景描写というと難しく感じるかもしれませんが、そんなに構える必要はありません。自分が普段、どのような感覚で周囲の情景を捉えているのかという部分を掘り下げて考えてみることからはじめましょう。
通勤、通学のために駅にいるときやスーパーで買い物をしているとき、路地を散歩しているとき。日々の生活で目にする風景をどのように感じているでしょうか。
駅では人の多さにうんざりしているかもしれないし、閉店間際のスーパーは閑散としていて寂しいと感じているかもしれません。このような気持ちを思い出して、文章で表現するのです。
キャラクターの情緒を演出するために、情景描写が効果的に働く場合もあります。登場人物の心理描写と情景描写を関連付けることでキャラクターの情緒を演出するのです。
悲しい気持ちなら、降りしきる雨が錆びた自転車を叩いているシーンを描写したり、すがすがしい気持ちなら、木々の緑がキラキラと輝いて見えるような描写を入れることで、「悲しい」「すがすがしい」という言葉を使わずに、周りの情景を使って登場人物の気持ちを代弁できます。
人間の五感の中で情景描写によく使われるのは、「視覚」です。人はつい目に見えるものばかりを意識してしまうからでしょう。
視覚から得られる情報があれば、最低限の情景描写はできるものです。しかしここはひとつ踏み込んで、視覚以外の情報にもスポットライトを当ててみましょう。視覚以外の情報が加わることで、さらにリアリティが増すのです。
公園のそばを通ると聞こえてくる子どもたちの歓声(聴覚)や、焼き鳥屋の前を通りかかったときの香ばしい匂い(嗅覚)。このような経験はほとんどの人がしているものです。自分の体験を思い出すと、情景描写のネタは簡単に見つかります。
小さく開いた窓から漏れ聞こえるのは静かなピアノの音色。耳を澄ませたとたん、カランコロンとドアベルの音がひびいて、買い物客が出てきた。
それと同時にふわっと小麦の香りが鼻腔をくすぐる。たまらず店の中に入ると、奥から砂糖の焼ける甘い香りが漂ってきた。焼きたてのメロンパンをトレイに乗せて、店主が売り場に出てきたのだ。
五感を使った表現のポイント
例文では、段落ごとに異なる感覚から得た情報を描写しています。
このように、さまざまな種類の感覚をバラバラに提示するよりも、まとめて書くのがポイントです。あちこちに情報を分散させず、まとめることで自分でもイメージしやすいので試してみましょう。
自分が経験したことのある感覚を書くのはそう難しくありません。しかしこれが行ったことも体験したこともないことを描写するとなると、多少ハードルが上がります。
基本的に頭の中でイメージをするという部分は同じ。架空の場所を自分の頭の中で思い浮かべて、自分がどのようにその場所を体感し、どんな気持ちでそこにいるのかをシミュレーションしてみるのが大切です。
そこに登場人物をあてはめてみるのもいいでしょう。キャラクターの身体を借りたつもりになって、五感で情報を取り込み、描写してください。
視線の端を流線形の空飛ぶ車が行き交い、ビルの前には同じ乗り物が列を作っている。建物から出てきた人たちは、スマートウォッチのようなものを乗り物のドアノブにかざしてロックを解除し、そこに乗り込んでは次々に飛び立っていくのだった。
「たった30年後に、こんな未来がくるとは……」
僕は感嘆のため息をついた。
架空の情景を書くときは「誰にでも想像しやすいような言葉を使った描写」が大切です。
タイムマシンで30年後の未来を訪れた青年が目にした情景を表現するとき、「段差のないエスカレーター」や「流線形の空飛ぶ車」など、誰にでも理解できるような言葉を用いています。ここに専門用語を多く使ってしまうと、その分野に詳しい人でもない限り、何のことなのか具体的にイメージするのが難しくなるのです。
たとえば空港などでよく見る段差のないエスカレーターは、その名を「オートウォーク」といいます。そして「空飛ぶ車」は実際に「スカイドライブ」という名で開発を進めているようですが、どちらも一般的とはいえません。
読者が自然に理解できて、楽しめることを第一に考え、専門用語を使うのは極力避けましょう。
また専門知識を持ったキャラクターが見たり感じたりした情景でも、専門用語の使用は避けるのが無難です。何も知らない読者にイメージしてもらわなくてはならないため、わかりやすい言葉に言い換える必要があります。
上記のようなSFやファンタジーなどの異世界を舞台にする場合、その情景を読者に伝えるためには、より詳細な描写が必要になります。しかし細かく書こうとすればするほど、読者のことを置いてけぼりにしてしまうケースに陥りがちです。知識をひけらかすような文章になっていないか、注意して推敲しましょう。
エンタメ小説において、長々とした説明でテンポが悪くなってしまうのはもっとも避けたいことです。情景描写であっても、特に必要のない部分はできるだけ省略したいもの。
しかし、普段から省略する癖がついてしまうと、ここぞというときに細かく書き込めないこともよく起きます。本当に伝えたい情景が読者に伝わらないようでは本末転倒です。
ディティールをしっかりと書き込むべきときに、それができるように普段からテクニックを身に付けていなければならないのです。
まずは街の風景や人々、動物の行動をどのように表現できるのか、チャレンジしてみましょう。そのときに、五感で読み取った情報についても書き込みたいものです。どのように見え、聞こえ、味わい、触れて感じたのか、文章で表現する癖を付けてください。
情景描写をするときに語彙力がないと、読者に伝わりにくいばかりか、どれも同じような表現になりがちです。単調な表現が続くと、読者も飽きてしまいます。
その場面に対して、一番イメージしやすい言葉を見つけるためには、普段から語彙力を付けておくことが重要なのです。
似たような状況でも色々な言い回しで表現できるよう、練習しておくと情景描写はもっと良くなります。
※語彙力についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事をご参照ください
小説家デビューに必要な語彙力の増やし方・向上方法について
読者が小説にのめり込めるかどうかは、情景描写の上手さにかかってくるもの。長々と描写ばかりが続くと物語のテンポは悪くなります。とはいえ省略しすぎると読者のイメージが膨らみません。ここぞというときに印象的なシーンを描写するためにも、日頃から緻密な情景描写ができる力を付けておきましょう。
※ぜひこちらの記事もご参照ください
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監修|榎本 秋
1977年東京生。2000年より、IT・歴史系ライターの仕事を始め、専門学校講師・書店でのWEBサイト企画や販売促進に関わったあと、ライトノベル再発見ブームにライター、著者として関わる。2007年に榎本事務所の設立に関与し、以降はプロデューサー、スーパーバイザーとして関わる。専門学校などでの講義経験を元に制作した小説創作指南本は日本一の刊行数を誇っており、自身も本名名義で時代小説を執筆している。
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